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長野地方裁判所 昭和51年(行ウ)8号 判決

長野市大字鶴賀権堂町二、二三六番地

原告

株式会社千木良商事

右代表者代表取締役

吉原勝正

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

細井淳久

重野良二

六馬二郎

曲渕公一

山本宏一

藤田亘

阿島丈夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金二八五万一五七〇円とこれに対する国税通則法五八条の規定により計算した還付加算金を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件課税の経緯

(一) 長野税務署長(以下署長という。)は、原告に対し、昭和四一年六月二七日法人税法一二四条に基づく青色申告承認を取消す旨の処分(以下本件青色取消処分という。)をするとともに、原告の昭和三五年五月一日から昭和三九年四月三〇日までの各事業年度における法人税の更正処分(以下本件更正処分という。)をなし、昭和四一年六月三〇日原告に隠ぺいによる脱ろう所得があるとし、これを原告の代表者である吉原勝正に対する賞与であると認定し、別表(一)の一のとおり、源泉徴収義務者である原告に対し、所得税の納税を求める納税の告知を行うとともに重加算税を賦課する旨の処分(以下本件納税告知処分という。)をした。

(二) 署長は、昭和四四年六月三日原告の法人税課税処分の審査手続の裁決において異動を生じたとして、本件納税告知処分のうち、昭和三九年一二月分につき、別表(一)の二のとおり訂正した。

(三) 原告は、本件青色取消処分及び本件更正処分に対し、別表(二)の一及び二の1ないし4のとおり不服の申立てをなし、引続いて昭和四四年九月二五日長野地方裁判所昭和四四年(行ウ)第五号をもつて、右処分等の取消訴訟を提起し、審理が進められていたところ、署長は、昭和四九年九月二八日職権で右各処分を取消したうえ、本件更正処分にかかる税額を原告に返還したので、原告は同年一〇月九日右取消訴訟を取下げたが、本件納税告知処分によつて納付した税額は還付しなかつた。

(四) 本件納税告知処分によつて、原告の納付すべき源泉所得税及びその附帯税額は、別表(三)の一のとおりであつたところ、原告はこれに対し別表(三)の二ないし五のとおり任意に納付し、或は原告の本件更正処分の取消しに伴う還付金の充当によつて納付した。

2  本件納税告知処分の違法

(一) 本件青色取消処分は、原告の帳簿に売上げの計上洩れがないのに、これがあるものと誤認した違法があつた。

(二) 右違法な本件青色取消処分を前提としてなされた本件更正処分及び本件納税告知処分は、違法であり、また右各処分には理由を付記しない違法があつた。

(三) 本件青色取消処分及び本件更正処分は、違法であるとして取消されたのであるから、本件納税告知処分は、その重加算税の賦課処分を含めて、その課税根拠を失い、重大かつ明白な瑕疵を有し無効となる。

3  本件納付税額に対する請求権

(一) 原告が納付した税額は、国税通則法五六条による過誤納金となるから、被告は原告に対しこれを還付すべきである。

(二) 仮に、右の請求が認められないとしても、被告は、法律上の原因なく、原告が納付した税額を利得し、これがため原告に損害を及ぼしているから、民法七〇三条により、原告に対し納付税額相当の金員を返還すべきである。

4  結論

よつて、被告に対し、金二八五万一五七〇円及びこれに対する国税通則法五八条の規定による年七・三パーセントの割合による還付加算金相当の金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の(一)ないし(四)の各事実は、すべて認める。

2  請求の原因2、3の主張は、すべて争う。

三  被告の主張

1  本件青色取消処分をした理由は、原告の帳簿に売上の計上洩れがあると認めたからであり、右処分を取消したのは、付記理由の不備によるものであつて、右売上げの計上洩れがないと認めたものではない。

2  本件更正処分をしたのは、原告の帳簿に売上げの計上洩れがあると認めたからであり、右処分を取消したのは、本件青色取消処分の取消しによつて、原告の青色申告の承認が復活し、法人税の更正通知書における付記理由の不備という形式的な瑕疵が生じたためで、売上げ計上洩れという課税根拠がなくなつたからではない。

3  本件納税告知処分をした理由は、原告に隠ぺいによる脱ろう所得があり、これが原告の代表者に支給されていた事実があつたので、昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一二号による改正前の法人税法施行規則一〇条の四にいう役員に対する賞与と認めたからである。

4  本件納税告知処分は、所得税法に基づき原告の代表者を課税主体とする徴収処分であるのに対し、本件更正処分は、法人税法に基づき原告を課税主体とする課税処分であつて、両者その法律関係を異にし、後者の効力が法律上当然に前者に及ぶものではなく、また源泉徴収による所得税の支払者が法人税法に基づき青色申告の承認を受けていたか否か、それが取消されたかどうかは、法律上関係のないことである。

5  源泉徴収による所得税の納税告知処分は、国税通則法三六条一項二号に規定する徴収処分であるから、同法二八条及び所得税法一五五条の適用なく、その告知書には理由の付記を必要としない。

6  青色申告にかかる法人税の更正通知書に理由の付記を欠いても、更正処分を無効ならしめる重大な瑕疵とはいえず、単に取消理由になるに過ぎない。

7  原告は、本件納税告知処分に対して、昭和四一年七月二八日付けで異議の申立てをし、署長の同年一〇月二七日付け右異議申立棄却の決定に対し、審査の請求という税法上の救済措置を求めることができたのに、これをしなかつたものであるから、更に不当利得等による別途の請求はできない。

8  仮に、本件納税告知処分によつて納付された税額につき、納付すべき理由がないとすれば、右納付された税額は超過納付されたことになるが、国税徴収手続という公法上の手続過程において生じたものであるから、私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の規定の適用がなく、その特則ともいうべき国税通則法五六条による過誤納金還付の規定が適用される。

四  抗弁(還付請求権の時効消滅)

1  本件納税告知処分にかかる源泉徴収による所得税の納付状況は、別表(三)の二ないし五のとおり(ただし、充当された分を除く。)である。

2  仮に、原告が納付した税額が過誤納金になるとすれば、右納付したときに還付請求することが可能であつた。

3  原告が本訴を提記した日は、昭和五一年九月一三日である。

4  従つて、原告の本件還付請求権は、請求できるときから五年を経過し、国税通則法七四条により、時効により消滅した。

五  抗弁に対する答弁

1  抗弁1、3は、認める。

2  抗弁2、4は、争う。

3  本件還付請求権における時効の起算日は、本件青色取消処分が取消された日である昭和四九年九月二八日であつて、税額を納付した日ではない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三、四号証、第五号証の一ないし四、第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし五、第九号証の一ないし一五、第一〇、一一、一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一、二、三、第一六号証の一、二、第一七、一八号証、第一九号証の一ないし一一、第二〇ないし二七号証

2  証人岡村保、同田中豊、同酒井文子、原告代表者吉原勝正

3  乙第二三号証、第三三、三四号証、第四〇、四一、四二号証、第四七、四八号証、第五四号証の一、二、第五五、五六号証、第六二号証の一ないし六、第六三号証の各成立は不知、その余の乙号証の成立はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一ないし五号証の各一、二、第六号証、第七号証の一、二、三、第八ないし五三号証、第五四号証の一、二、第五五ないし六一号証、第六二号証の一ないし六、第六三号証、第六四号証の一、二、第六五ないし七一号証

2  証人吉村文和、同小林繁治郎

3  甲第八号証の一ないし五、第九号証の一、二、三、第一一、一二号証、第一三号証の一、第一五号証の一、二、三、第一六号証の一、二、第一七、一八号証、第二〇ないし二七号証の各成立は不知、第九号証の四ないし一五は、官署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、その余の甲号証の成立はいずれも認める。

理由

一  本件課税の経緯

請求の原因1の(一)ないし(四)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件納税告知処分の違法

1  成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三、四号証、第五号証の一ないし四、証人吉村文和の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  本件青色取消処分とこれに引続いて本件更正処分がなされた理由は、原告の帳簿に売上げ計上洩れという法人税法一二七条一項三号に掲げる事実が発覚したことによるものであつたところ、右各処分に対する取消訴訟の係属中、最高裁判所の判決によつて、青色申告承認の取消処分の付記理由が、該当条文の記載だけでは不備であるとされたため、署長は、右判決の趣旨に沿つて、本件青色取消処分を取消したが、右取消しによつて原告に青色申告の承認が復活したので、本件更正処分にも付記理由の不備が生じたため、右処分をも取消すに至つたこと。

(二)  課税庁として、本件更正処分を付記理由の不備という形式的な違法に基づいて取消さざるをえなかつたところから、原告に対して更正処分のやり直しをしたかつたが、当時すでに国税通則法七〇条による期間が経過していたため、更正処分のやり直しができなかつたこと。

(三)  本件納税告知処分に対しては、理由が付記されていないけれども、国税通則法七五条一項一号、三項によつて不服の申立てができるところ、原告は、これに対し署長に対する異議の申立てをしたのみで、その棄却決定に対する審査の請求をせず、取消訴訟も提起しなかつたこと。

(四)  本件納税告知処分は、原告に隠ぺいに基づく脱ろう所得があり、これが原告の代表者に支給されているものと認め、これを役員に対する賞与と認定したうえで、行われたものであるところから、原告に青色申告の承認が復活し、本件更正処分が取消されたことと本件納税告知処分とは、法律上関連性がないものと認め、右処分を取消さなかつたこと。

2  以上の各認定事実を前提すれば、次のように解することができる。

(一)  本件青色取消処分及び本件更正処分には、付記理由の不備という違法が存在し、課税庁はこれを認めて右処分を取消しているが、この違法は形式的なもので、重大な瑕疵とはいえないから、処分の取消原因とはなるが、無効原因にはならない。

(二)  前記各処分の実質的要件である「原告の帳簿における売上げ計上洩れ」という事実の存在については、本件不服申立てないし訴訟手続上認定されていないが、仮にかかる処分要件たる事実の認定に誤まりがあつたとしても、その瑕疵は必ずしも明白なものとはいえないから、処分の取消理由とはなつても、無効原因とはならない。

(三)  本件更正処分取消しの効力が法律上当然に本件納税告知処分に及ぶものではなく、また源泉徴収による所得税の支払者が、法人税法に基づいて青色申告の承認を受けていたかどうか、その承認が取消されたかどうかは、右所得税の納税告知処分に対して法律上直接の関連性はないことは、被告の主張するとおりである。

(四)  のみならず、仮に本件納税告知処分に本件青色取消処分や本件更正処分の違法が承継されるとしても、その違法は取消原因たる瑕疵に過ぎず、重大かつ明白な瑕疵とはいえないから、本件納税告知処分を無効ならしめるものとはいえない。

(五)  本件納税告知処分には、理由の付記はないが、源泉徴収による所得税の納税告知処分は、国税通則法三六条一項二号に規定する徴収処分であるから、同法二八条、所得税法一五五条の適用はなく、その告知書に理由の付記を要しない。

(六)  本件納税告知処分において、原告代表者に支給されたと認定された賞与の存否については、必ずしも明らかではないが、仮にこの事実がなかつたとしても、このような瑕疵は明白なものとはいえず、右処分を無効ならしめるものではない。

三  そこで、以上の認定事実に照らして、原告の請求の当否について判断する。

1  本件納税告知処分に基づいて納付された税額が、過誤納金として還付されるためには、右処分に取消理由があつて、不服審査又は取消訴訟などにおいて、取消の権限ある機関によつて取消されるか、或は右処分を無効ならしめる瑕疵がなければならないところ、前示のとおり、これらの事実が認められないから、原告の国税通則法五六条による還付請求は認められない。

2  国税徴収手続という公法上の手続において発生した不当利得については、国税通則法五六条による過誤納金還付の規定が適用され、私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の規定は適用されないものと解されるから、原告の不当利得返還請求は認められない。

四  よつて、原告の本訴請求は、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安田実 裁判官 松本哲泓 裁判官 岡本岳)

別表(一) 本件納税告知処分及び加算税賦課決定処分

一 当初の納税告知処分及び加算税額

〈省略〉

二 裁決によつて生じた異動に基づく訂正

〈省略〉

別表(二)

一 青色申告書提出承認の取消処分

〈省略〉

二 法人税課税処分

1 自昭和三五年五月一日至昭和三六年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

2 自昭和三六年五月一日至昭和三七年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

3 自昭和三七年五月一日至昭和三八年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

4 自昭和三八年五月一日至昭和三九年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

別表(三) 本件処分による源泉所得税と附帯税の額及び納付の状況

一 各年月分の源泉所得税と附帯税の額

〈省略〉

二 三六年一二月分の納付状況

〈省略〉

三 三七年一二月分の納付状況

〈省略〉

四 三八年一二月分の納付状況

〈省略〉

五 三九年一二月分の納付状況

〈省略〉

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